2009年4月4日土曜日

KoRn "Blame"



今朝の一曲

2009年4月3日金曜日

iBGM2

crazy感情style

僕のせいで 死んじゃえばいいよ
勇気があれば行動できるという絶望

2009年4月1日水曜日

嘘吐きの日だが、意外にネタがない

“ 私は私のために生き、あなたはあなたのために生きる。私はあなたの期待にこたえて行動するためにこの世に在るのじゃない。そしてあなたも私の期待にこたえて行動するためにこの世にあるのではない。もしも縁があって、私たちがお互いに出会えるなら、それはすばらしいこと。出会えなければ、それはしかたのないこと。
— ゲシュタルト療法 - Wikipedia


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“ たくさん言葉を重ねようが、結局のとこ「自分の気分が悪い」「肯定されたい」「めんどくさい」、この辺の言葉に収束してしまうと思った。が、それはいささか短絡的思考過ぎて、人生をカルチャー化するには、無理くり悩んだ方が、消費物として効果を果たしやすいはず。ネットはそれに適している。

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少女趣味のおとこのひとは、少女の、けがれのない純粋さ純潔さに惹かれるのでしょうか。でも少女趣味のおとこのひとって、おとこのひと自身も純粋純潔であることがおおいのじゃないかとおもう。少女に自分と重なる部分をかんじて、少女をきれいなままに守ってあげたいのかしら。それとも少女の透明さを自分の手でぐちゃぐちゃに汚してしまいたいのかしら。

作家サリンジャーにはお嫁さんがいたけれど、お嫁さんが自分の子供を身ごもったとたん、汚いもののようにお嫁さんを見たといいます。いってしまえばお嫁さんを濁らせたのはサリンジャーだというのに。濁らせた証拠として、子供ができるわけなのに。自分がすきなおんなのこを濁らせたという事実が気持ち悪かったの?

少女趣味のおとこのひとが、欲のままに少女をぐちゃぐちゃにしたとして、そうしたらもう少女はすきだった純粋な純潔な透明な少女ではなくて、もう濁っていて、そして少女趣味のおとこ自身も、もうよごれてしまった、もう世界は昔と変わってしまった、後戻りはできない

軽々しく少女に舐めるような視線を向けるんじゃない。少女にはおとこの世界を壊してしまうほどの力があるんだきっと

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“ たとえば、ベートーベンの五番を聞いても何も感じない人がいるとしましょう。それは別に恥ずかしいことではない。そういう人は、悪しき教養主義さえ一掃されれば、結構いることが判明するでしょう。だから、俺にはあれは解らない、でいい筈です。ところで悪しき教養主義が命じるところに従うなら、五番が詰らなかった、理解できなかった、は由々しき事態だということになる。だから是が非でも解らなければならない——それどころか、音楽として自然に判る、楽しめる人々威圧し、こいつ本当は解っていないのではないかという疑念を一掃するためにも、彼らよりはるかに解らなければならない。
 その結果出てくるのが、たとえばこういう言葉です——「運命はかく扉を叩く。」或いは「英雄の苦闘と勝利」。どうです? まるで何か判っているように見えるでしょう? もう少し手の込んだ「判り方」を披露したければ、五番をベートーベンの自伝に見立てて、ウィーン体制の閉塞感だのベートーベンの政治性だの苦悩だのを論じればいい。
— 佐藤亜紀『小説のストラテジー』
» 「蠅を叩き潰したところで、蠅の「物そのもの」は死にはしない。単に蠅の現象を潰したのみである。」

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外見は中身の一番外側
ガーメントが最も嫌うのは、何かを禁止する立て札や、規則、公園の番人などで、ありのままの姿を損なう物事だ。このことは息子であるエルリックにも遺伝している。

そんな日々




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“ 「自分のありきたりの正常性があまりにはっきりしてて、なんとかしてそこから逃れようとする連中。そういう奴らは何かと派手に暴れては、そのときどきの流行に乗って、自分のオリジナリティを主張する。脳味噌やら才能やら多数派に無関心だって事やらを声高に宣言して、必死で自分の平凡さを否定しようとする。そう言うのがアーティストとかパフォーマーとか、冒険家とか快楽主義者とかって連中だ。
 それから、自分自身の奇妙さを感じとって、それにおびえちまう奴もいる。そいつらは正常性を求める。他人から正常と見えない度合いに、あるいは逸脱がもう存在しないと自分にいい聞かせなきゃならない度合いに応じて、そいつらの苦痛は高まる。そう言うのが本当のフリークだ。ほとんどいつも、ごく当たり前で、退屈にしか見えない奴らが」
— キャサリン・ダン『異形の愛』 (via hazy-moon) (via autopsy) (via jinon)

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